常緑樹103 朝日新聞で連載が始まります。


 突然ですが朝日新聞でコラムを連載します。北海道内面金曜日の朝刊、2週に一度の掲載で、4月7日からスタートし一年間の予定です。シニア世代を応援する新年度の企画で、コーナー名は「わたし色」です。くすんだ親父と言っても決して「たわし色」ではないので念のため。
私一人が「おっさん代表」を務めますが、「女性代表」は、人気雑誌「O.tone」編集長平野たまみさんと、公立はこだて未来大システム情報科学部教授美馬のゆりさんのお二人。私は2週間に一度、お二人は4週間に一度で、お元気な女性陣の狭間で身のすくむ想いです。
ところで朝日新聞には私だけの勝手な思い入れですが、少し縁があります。私は大阪府立市岡高校を出ました。明治34年、旧制大阪府第七中学校として創立、市内で3番目の学校で「三中」と呼ばれ、制帽に三本線が入っていました。かつては文武両道で名高く、初回から全国中等学校優勝野球大会に出ており、第2回に準優勝するなど私立高台頭以前は大いに活躍しました。他にもサッカーや陸上など体育系に加え、吹奏楽部も盛んでした。野球部先輩には長く高野連会長を務めた佐伯達夫、さらに朝日新聞社社長の広岡知男がいます。そのようなことからか朝日新聞の夏の大阪大会の特集表紙はたとえ弱くても決まって我が高で撮影されました。野球部は南村侑広、蔭山和夫、また文系も錚々たる陣容で、直木賞の直木三十五、三好達治、脚本家ジェームス三木。作家の谷甲州は同級、また平成26年芥川賞受賞の柴崎友香は誉れ高い後輩です。受賞会見で「直木三十五の後輩です」と挨拶するつもりが動転してすっかり忘れていたそうです。大阪人らしい面白みのある女性ですが、もちろんまだお会いしたことはありません。
母校にはもう一つ大変有名なことがあります。それは昭和43年9月2日、三年生の時の夏休み明けに起きた校長室占拠です。大学紛争が飛び火した日本で最初の高校で、中にいるのは皆同級生。大勢の警察官や朝日新聞などの記者が学校に常駐するなど大騒ぎでした。その後東京九段高校など全国に広がりました。高校紛争が取り上げられるたび市岡高が最初でと枕がつきました。もう半世紀も前のことです。
シニアが自分らしい毎日を送るためのヒントを、とのことなので本誌を発行する中で出合った様々な出来事を少し面白くお伝えしていければと思っています。多くの同窓生らが知恵を授けてくれることを願っています。18年めを迎え、自分自身が高齢者の仲間入りをしました。4月に67歳となる准高齢者の代表として、一所懸命務めますのでどうぞよろしくお願いいたします。

(※文中敬称略